うさぎの看取りと、ケアのこと

うさぎの看取り方って、あまり語られないと思います。

うさぎさんを看取った経験がある方は、2つに分かれると思うんです。

木が枯れるように、安らかに、看取った方と、わたしのように壮絶な看取りをした方・・・。

うさぎさんの看取りのことを、他人に話すことが、できるほど、経験もないし、度胸もありません。

わたしも、この記事を書いては、やめ、また書いては、泣くのです。

うさぎの看取りは、ほぼ、人間の看取りと、同じだと思うんです。

うさぎと人間で、違うのは、看取りに、医療従事者がいなくて、自分ひとりで看取ることに、なるということです。

多くは語りたくない、うさぎの看取り

うさぎさんの最期も、人間と同じで、二通りだと思います。

壮絶な最期を経験した方は、気を病んでしまうことがあるほど、うさぎさんの最期とは、壮絶な場合も、ある、そのことを、知っておいてください。

うさぎの看取り、最期に、いつもの瞬間に戻ることを経験しました。。。

最期は、うさぎさんが、バッと走り出すことも、あります。

最期は、うさぎさんが、大きくジャンプすることも、あります。

しっかりと、わたしを見つめ、ひょっとしたら、元気になったんじゃないか、と思うほどの瞬間が、ありました。

もしも、このとき、うさぎさんに、それほどの体力や、エネルギーが残っていないのなら、安らかという雰囲気で、亡くなるのでしょう。

わたしの愛うさぎは、言うのです。

よくなったのかな?でも、いつもの調子じゃないんだって・・・。

しっかり、目を見て、わたしに言うのです。

もしも、その瞬間を、一緒に過ごせるのなら、うさぎさんを、抱きとめてあげてください

急に、バタンと、倒れるうさぎさんもいるようです。

うさぎさんを、抱きとめておけば、倒れることはありません。

例え、倒れても、床への衝撃は、大きくありません。

抱きとめてください。

カラダが、横になってからも、足をバタバタさせて、走るようなしぐさをすることもあります。

息ができないよ・・・というように、金魚が水面でパクパクと、クチをあけるようなしぐさです。

酸素のマスクが外れても、もう、苦しくはありません。

パクパクと、クチを動かして・・・、大きく息を吸います

小さく、キュと鳴くこともあるし、大きい声で鳴くこともあると言います。

最期まで、頑張って、生きているように見えるけど、それほどまでに、生きることにこだわりは持っていないと思います。

やなもとあいさ氏著「漫画でわかるうさぎとの暮らし」が、おそらくそのままでした

わたしは、うさぎと暮らすことが、普通になっていたので、死への意識が全くありませんでした。

だって、雑誌には、うさぎさんは10歳を超えて生きることも、ある、と紹介されていたから・・・。

だからこそ、愛うさぎを失ったときの、喪失感は、すごく大きかったんです。

ペットロスになってから、眠れなくなったので、その間に、いろいろな本を読みました。

うさぎさんの最期を、記している本は、少なかったと、思います。

漫画でわかるうさぎとの暮らしは、やなもとあいささんのうさぎさんとの出会いから、最期までを描いたマンガで、うさぎの最期は、そのものだと思います。

やなもとあいさ先生は、きっと、この本を書くのが、おつらかったことと、思います。

わたしだって、こうして、記事を書いているけど、息が苦しくなりますもん・・・。

もしも、看取りをイメージしたいのなら、どんなことが、起こるのか、最期の瞬間を知りたい方は、手に取ってみてください。


漫画でわかるうさぎとの暮らし

うさぎの看取り、死が何日後に迫っているのか、だれにもわからないことを知りました。。。

わたしが看取ったとき、他の動物と、違うと感じたことは、うさぎさんの最期の姿は、キレイな状態だった、ことです。

死ぬときに、たいていの動物は、ニオイが出ます。

うさぎさんからは、死臭のようなニオイを感じませんでした。

だから、死ぬなんて、思えないのかも、しれません。

そして、最期は、どんなに、最期のあがきをしても、安らかに死んだように、見えます。

うさぎの看取りガイド著者の先生にも、思い切って、聞いてみました。。。。

最期をどうすごすのか、昨日、うさぎの看取りガイドの著者の獣医さんに、思い切って、聞いてみました。


ウサギの看取りガイド

他の動物のように、安楽死を、提案することは、ないといいます。

ネコやイヌのような、他の動物の場合は、最期の時期が長くなるときが、あるようです。

うさぎさんの場合には、死を意識して、死を迎えるまでに、そう長くないから、とのことでした。

そう、うさぎさんの場合は、数日間しかないのです。

ちなみに、ペットロス重症の人は、この本を読むと、苦しくなってしまいますから、おススメしません。

ペットロスのわたしが、読んだときは、こんな風になってしまいました(→ 今だにペットロスのわたしが、「ウサギの看取りガイド」を読んで:ブログより

うさぎの看取りで、私にできることは、いつも通りにふるまうこと、でした。。。

病気で入院していれば、動物病院での看取りも、あるかもしれません。

退院して、余生を住み慣れた家や、酸素室で過ごして、最期を看取る方も、いるでしょう。

看取りについては、獣医さんよりも、うさぎと過ごした経験が多い人の話が、参考になるのではないか、と思います。

寿命についても、はっきりとしていないので、天命が尽きるときが、いつなのか、正直なところは、わからないと思います。

獣医さんでも、うさぎさんが、あのどのくらい過ごすのか、はっきりとは、わからないようです。

それほど、いつも通りに見える瞬間が、あります。

数日後には、別れがくるとわかったのなら、覚悟して、うさぎとの時間を大切にしながら、そっと見守りをしてあげてください・・・。

やってあげられることは、実は、いつもと同じことです。

寒くないように、毛布を入れてあげたり、できます。

今まで、いろいろあったうさぎの人生を、ほめてあげることも、できます。

小さいころに歌ってあげた、歌を歌ってあげることも、できます。

好きだった食べ物のニオイをかがせてあげたり、クチの前に持っていって、もしも食べれば、笑いかけてあげてください。

最期の数日は、特別なことではなくて、いつも通りに、過ごすこと。。。

例え、数日間だったとしても、あなたがうさぎさんにしてあげられること、です。

もう、長くないとわかっていて、強制給餌を行って、後悔している方もいるようです。

反対に、まだ生きられたのに、強制給餌をしなくて、後悔している方もいるようです。

獣医さんでも、強制給餌をされる方もいるし、強制給餌をしない方もいるようです。

みんな、みんな、うさぎさんが、あとどのくらい過ごせるのか、正確に、わからないのです。

わからないときでも、何かを決断しなければならないので、とても、苦しいです。

うさぎさんと暮らしている方が、最期に、うさぎを思って、うさぎさんにしてあげることは、どれも、みんな正しいです。

自信をもって、うさぎの母、うさぎの父になってあげたら、それで、いいと思います。

参考:あまり語られていない、人間の看取り

最後のときは、安らかに、息を引き取りました、という表現だと思うのですが、息を引き取るまでに、暴れることもあります。

暴れたり、大きな声を出したりするときは、たいていが、病気で、亡くなる場合だと思います。

人間でいえば、病気の治療で、入院している人は、壮絶な最期であることも、多いと思います。

点滴をしているし、命をつなぐ処置を受けているからでしょう。

生きることから、死ぬためのハードルが、高いんだと思うのです。

人間の看取りについては、香山リカ氏著の「「看取り」の作法」が、参考になると、思います。

人間の場合でも、たいてい、最期のひとあがきは、語られることはありません。

病院であれば、落ち着いてきたころ、家族の方が呼ばれて、最期のお別れの時間になると思うのです。

一方、ゆっくりと木がかれるように、亡くなる場合は、たいてい、だんだん食べられなくなって、だんだん水が飲めなっています。

内臓の動きが減ってきて、血圧を落として、呼吸を減らして、苦しくないようにして、亡くなるときです。

わたしの経験では、祖父がそうでした。

なんだか、おなかが痛い、おしりがおかしい、ちょっと、具合が悪い気がする・・・そういって、横になりました。

これまでに、具合が悪いなんて、言うことはなかったので、医師に往診をお願いしたところ、「今夜が峠です」と、言われました。

家族全員がびっくりしました。

だって、さっきまで、普通に歩いて、トイレにいって、普通の日常を過ごしていたんです。

どうすればいいのか、お聞きしたところ、「できることはない」、「木が自然に枯れていくのと同じこと」とのことでした。

「呼吸が、荒くなって来たら、例え夜中であっても、電話ください。」

医者がついていないと、人間の場合は、不審死として扱われてしまいます、と言われました。

そして、夜になって、お医者さんが来て、数分でしょうか・・・祖父は眠るように、命を全うしていきました。

そのお医者さんは、もうずいぶん前に、亡くなられましたが、とても、立派なお医者さんでした。

看取りをしてみたら、後悔のない看取りなんて、ないって、わかった。。。

どんなときでも、看取るときに、後悔しないことなんて、ありません。

もしも、後悔がなかったと、言う人がいたのなら、それは、自分の気持ちに、一区切りつけるために、言った言葉なんでしょう。

ホンネを全部、吐き出すことができる人なんて、そうたくさんは、いないから。

看取りも知ってほしいけど、看取るためには、今をしっかり、生きていこうね!

死に方は、正解はなくて、残された人が、どう思うかしかありません。

だけど、全員に等しく、この死は訪れます。

理想通りの死を迎えることは、おそらく少ないと、思います。

看取りとは、残された者が、勝手に評価しているだけなんだと、思います。

はっきりすることは、みんなが、満足できる死なんて、ないんだって、ことです。

だからこそ、生きている間には、いいと思うことを、たくさん、してください。

わたしも、残された者として、今後の人生を、考えて生きていきます。

参考図書
  • 漫画でわかるうさぎとの暮らし:やなもとあいさ著、誠文堂新光社、2011.
  • ウサギの看取りガイド:田向健一著・伊藤ハムスター絵、エクスナレッジ、2017.
  • 「看取り」の作法:香山リカ著、祥伝社、2011.

うさぎさんの死後世界

わたしは、これまでにも、漠然とですが、お墓のこと、子孫のこと、自分の死んだ後の事を、考えたことがありました。

愛うさぎが、天国に行ってしまって、火葬した遺骨を49日してから、ベランダの花壇に入れようか、それとも実家の裏山に他のペットたちと一緒にお墓を作るべきか、それとも近所にある“ペットと一緒に入れるお墓”を購入すべきか、いろいろな考えがわきました。

いろいろと、考えて、ベランダの花壇に・・・と思ったのですが、いざとなると、できませんでした。

それで、結局は、わたしから、いつでも見える部屋の一角に安置しています。

毎朝、水をあげて、話しかけて、1日が始まります。

5歳のはなえ_おやつ

うさぎさんの死後の世界

いろいろな考え、本などの情報、宗教的なお話しなどの経験談をお聞きしました。

3年ぐらいしたら生まれ変わるだとか、死後は安定した1つの世界にとどまって、飼い主とともに暮らすだとか、動物は、生まれ変わるだとか・・・。

はっきりと、実感できたものは、ありません。

だけど、愛うさぎが、すぐに生まれ変わることは、なかったように思います。

生まれ変わりの姿を信じて、子うさぎたちを見せてもらいに行きました。

その時に、一緒にきている・・・という感覚があったので、すぐには生まれ変わらないんだな、と思いました。

死後には、現実の世界でも、いろいろなところに行けるようです。

愛うさぎの今後の目標ややり残したことなどが、わかれば、手伝ってあげたい気持ちがありましたが、よく理解できずにいました。

おそらく、一緒にくらしたうさぎさんたちは、ある程度の期間、うさ飼いさんと一緒に行動したり、空間を移動するように、あちこち回っているのかな、と思います。

わたしが、生まれ変わりを実感できたことは、残念だけど、ありませんが、こんな体験はしました。

わたしが、小学生の低学年ごろまで、わが家にいた1匹のネコがいました。

子ネコのときに、背中のところにケガをしてしまって、白髪のスポットがありました。

高校を卒業するころ、そのネコとそっくりな白いスポットを背中に持つ、ネコがわが家で生まれました。

あまりにも、不自然な場所に白いスポットがあるので、祖母は、きっと生まれ変わりだと信じていました。

なので、もしかすると、生まれ変わることもあるのかもしれません。

大久野島毒ガス資料館

自分の死後の世界が、見えた

わたしは、愛うさぎの死で、自分の生き方が、変わった一人です。

まず、「死」を恐れることが、なくなりました。

もう一つは、自分の死後を、心配しなくなりました。

もっというと、時間の使い方が変わり、将来のリスクに向けた予防のようなことも、やめてしまいました。

これまでは、年金がいくらもらえるか、とか、老後にかかるお金のことだとか、そんなことばかり考えて、会社員をしてきました。

うさぎさんと暮らしたことで、ありのままの自分を受け入れて、自然体になったように思います。

死を、あまり恐れることが、なくなりました。

いつか、その時がくれば、後悔せずに旅立てるようにしておこう、と思いながら暮らしています。

(まだ、そんな歳じゃない、と言われますが・・・)

大久野島の自然、ビジターセンター

愛うさぎが天国にいった、あの日に、夢を見ました。

詳しくは、書きませんが、わたしは、あるアクシデントで病院に運ばれて、救命措置を受けたけど、助かりませんでした。

夢から覚めても、救命措置で受けたキズの感覚が、1週間以上、続きました。

愛うさぎが死んでしまった、あの日に、おそらく自分も死んでしまったのかも、しれません。

自分の経験で、はっきりとわかったのは、死ぬときは、苦しくなかったということです。

死ぬ前までの苦しみや悲しみは、全部なくなって、安らかな気持ちになることが、わかりました。

なんて、晴れやかな気持ちなんだ・・・という感覚しか、残りませんでした。

肉体と精神がくっついて、今の自分がいます。

肉体は、だんだんと不調もでるし、物理的な束縛のようなものを感じながら、暮らしているものだと、わかりました。

だけど、そんな肉体から解放されて、魂というか精神だけになると、とても軽くなると、わかりました。

もし、肉体を失ってできないことがあるとすれば、抱きしめることの感覚や、なでる・触れるという感覚がないことも、わかりました。

どうか、生きている間に、大事にしている人、大事なうさぎさんとたくさん触れ合ってください。

もう一つ、死んでしまったら、他の人がどう心配してくれても、関係がなくなることが、わかりました。

肉体があるうちは、残された人のことを、心配したりしました。

だけど、肉体から離れたら、残された人は、自分でどうにかできるだろう、と安心できてしまいました。

自分には、どうすることも、できないとわかったのです。

こんな風に、ひとり安心して、死ねるというのは、実は、幸せなことだと、と感じました。

うさぎさんを訪ねて

虹の橋のはなし

天国の手前に、虹の橋があるそうです。

動物たちは、そこで、飼い主さんを待っているそうです。

ケガも、病気も治り、元気に走り回っているそうです。

虹の橋の下では、肉食だとか、草食だとか関係なく、仲良くなれるそうです。

不満なことは、ひとつだけ・・・それは、飼い主さんに会えないことです。

ある日、飼い主さんが現れて、一緒に虹の橋を渡って、天国に行くそうです。

現世で、愛されなかった動物たちは、仲良くなった子と一緒に、虹の橋を渡るそうです。

この話を聞いて、わたしは、死後の世界も悪くないと思えるように、なりました。

ペットロスに苦しんでいる方には、わたしの経験など、何も、役に立たないかもしれません。

だけど、わたしの経験は、ここに、まとめていきます。

いつか、読み返されることがあれば、幸いです。

※以下は、CM広告です。

Sponsored by
写真も添えられる、お悔やみ電報

最初のページに戻る

月に帰るうさぎさんの旅立ちとペットロス

うさぎさんと暮らしている人たちは、天国に行くことを、”月に帰る”と表現します。

お月様にうさぎの姿を思う、日本人のやさしい気持ちだと思います。

また、天国の前には、”虹の橋”があるそうです。

“虹の橋”の下では、病気もケガも治って、他の動物さんとも仲良くできるそうです。

そこで、飼い主さんを待って、遊んで待っているんだそうです。

やがて、飼い主さんが天国に行くとき、一緒に”虹の橋”を渡っていくそうです。

わたしも、”虹の橋”で、愛うさぎが、待っていてくれます。

あの世では、時間の流れが早いので、待っている時間なんて、あっという間なんだそうですよ。

いつか、愛うさぎと一緒に”虹の橋”を渡って、天国に行くためには、しっかり生きなければなりません。

もしも、わたしが、悪いことをして、天国に行けなくなったら、愛うさぎも困ってしまうと、思うのです。

ここでは、わたしが愛うさぎを亡くしてからのことを、お話ししたいと思います。

うさぎさんの死後の世界について

愛うさぎを見送った後に、わたしが知った、死後の世界をお話しします。うさぎさんの魂が肉体と離れると、うさ飼いさんにくっついて、いろいろなところに出かけるようです。死んだときの苦しみは、一瞬のようで、自由です。すぐには、生まれ変わらないようです。→読む

うさぎさんと病気

CM Sponsored by

※以下は、CM広告です。

写真も添えられる、お悔やみ電報


最初のページに戻る